2011年10月27日木曜日

ウィンカーバルブ交換

先日のプチツーで発覚したウィンカーバルブ切れ。
右リアのバルブが切れたせいで右前のウィンカーは点灯しっぱなしな状態に。

出先の給油ついでにスタンドで在庫を持ってないか聞いてみたのだが、オレンジのバルブを在庫で持っている所はなかった。orz
ウィンカーをクリアレンズの物にカスタムしてある事で、オレンジ色のバルブでないとウィンカーとして機能しないんだよね。

ちゃんと探せばバイクショップやホームセンター辺りでもありそうな代物だけど、平日うろうろとショップ巡りをしている暇もなく結局ネットで手配する事に。(ウィンカー切れたまま乗り回すわけにもいかないしね)

12V23Wのオーソドックスな口金(G18 BA15S)のバルブはどこでも扱っているんだけど、こういった小物をネット通販する一番のネックは送料。

今回は小物の多くを定形外発送してくれるヒロチー商事で手配してみた。
しかも4個セットで110円。 他店だと1個200〜300円くらいで売ってたりするんだけど、「大丈夫なんだろうか?」と勘ぐってしまうような値段。
定形外郵便の送料でさえ割高に感じてしまうので2セット(計8個)をオーダー。ww

こんなデフレを助長するような消費の仕方をしていると自分のクビも締めてるような物なんだと思いながらもついつい購入してしまうんだよね。(まぁ消耗品って事もあるけど...)

取りあえず昨日届いたバルブを取り付けて無事ウィンカーが復活。

2011年10月25日火曜日

プチツー〜せせらぎ街道〜

10月に予定していたツーリングも、なかなかメンバーの予定が合わずお流れになるところだったんだけど、23日の日曜日に飛騨清見のせせらぎ街道まで出っ張ったお話。

天気が微妙だったんだけど、一応回復していく予報だったので意を決して出発。
取りあえずタンクを満タンにするために近所のスタンドへ向かったのだが、右折時にウインカーを出したところハンドルマウント部にあるインジケーターが点滅していない事に気付く。

前方に身を乗り出してのぞき込むと、ウィンカーが点灯しっぱなしな状態。orz
「これはウィンカーモジュールでも逝ってしまったか....」と思いつつもリアのウィンカーも確かめてみるとリア側は点かない状態だった。

今まで乗ってきた車やバイクの経験(リレー式)だと、ウィンカーバルブが一つ切れると、生き残ってるバルブが早く点滅したような記憶があるんだけど、ハーレーの場合は点灯しっぱなしになるんですね。(オートキャンセルモジュールが付いているせいなのかな?)

取りあえず給油を済ませたのだが、突然雨が降り出してスタンドに15分ほど足止めを食らってしまった。雨の切れ間に再出発して見るも、ものの数分でまた雨降り再開。orz
濡れた服でツーリングするほど無謀な事は無いので、素直に路肩の停車場でレインスーツを着込んで再再出発。ww

まぁ、せっかくのレインスーツもなかなか着る機会がないので、たまには広げてあげないとね。w

青空が出てきて、すれ違うバイカーが誰もレインスーツを着ていなかったので、途中(上呂辺り)のドライブインで休憩がてらレインスーツを脱ぐことに。
ついでにリア右のウィンカーバルブを確認してみるとやはりバルブが切れていた。

高山市街地から国道158号線を経由してせせらぎ街道へ入るつもりだったけど、"高山清見道路"という無料区間の自動車道が使えるとの事で1区間だけだけど遠回りして走ってみた。

"高山西"のジャンクションを降りた所に"道の駅ななもり清見"があって、そこで昼食を取るつもりだったのだが、すごい人出でレストランも人が並んでいる状態。(ToT)

既に2時近くだったけど、ここでの昼食はあきらめて20kmほど先の"道の駅パスカル清見"を目指す事に。

せせらぎ街道の入り口近くでは地元のイベントが開催されていてこれまた多くの人でごった返しているし、交通整理のお巡りさんも大勢いた。
切れたウィンカーランプのせいで、整備不良取られないか冷や冷やしながらの右折だった。(手信号なんてとっさに思い出せないしねぇ...、渋滞で半クラッチ走行の時はどうやって出したら良いんだ?)

紅葉の美しくなってきた"せせらぎ街道"は予想以上の交通量。所々にある停車場には多くの人が美しい風景を撮影するために車を止めていた。
車の数が多くて、バイクで流すにはちょっと物足りないペースになってしまったけど、順調に"道の駅パスカル清見"に到着した。

ところが"道の駅ななもり清見"よりひどい状態くらいの混みようで、駐車場に入れない車が道路まで並んでいたのだが、そんな所はバイクの特権で、車の脇をするすると抜けて駐輪場へ...。

順番待ちのレストランで遅い昼食を取り、お土産をかって帰宅の路に付いたのだが、ショートカットのつもりで選んだ郡上八幡から東白川村への国道256号線がひどかった。
このルート通るならいっそ南下して"関"、"美濃加茂"辺りまで出るか、時間が無ければ少し戻って国道257号線で"下呂"へ出た方が絶対良いと思う。

国立天文台のデータによれば、この日の日没は17:09。
真っ暗闇の中、しかもウェットな路面の上に落ち葉がいっぱいな峠道を超ビビリながらひたすら安全運転に努めながら戻ってきました。

家に戻ったのはまだ19:00前だったけど、なんだか夜中に帰宅したような気分だった。
冬場のツーリングは17:00着目標ぐらいで計画建てないといけませんな。w



2011年10月16日日曜日

Newアイテム

富士山周遊ツーリング以来慌ただしいスケジュールの中でまともにバイクに乗れない日々が続いている。

先週はVIBESミーティングが常滑などというちょっと出かけるにもってこいな場所で開催されたにもかかわらず、家族旅行と重なって行けなかったり、今週の土日は地元のMCがキャンプミーティングを開催していたんだけど仕事の納期と重なって缶詰状態で出かけられなかった。(後で嫌み言われそうな予感...)


そんなバタバタな中でも、ちゃっかり気になるアイテムをネットでポチポチしていたりする。w

今朝はクラブの清掃当番だったことに起きてから気がついた。慌てて作業に参加してそのついでに洗車もして、購入してそのまま放置されていたNewアイテムを装着してみた。

まずは以前から気になっていた"JapanDrag"の"マグネットタンクセーバー"を装着。
意外とグローブはめたままの手でタンクキャップをグリグリと回していると、キャップの周りだけ円状の傷が付いたりして、黒色タンクだと結構目立ったりする。

あと、給油時にキャップ外した後置いておく場所に困ったりする事もあったりして、「こんなのあったら便利かな?」と思っていた物です。

まぁ、革製って事もあって多少ドレスアップにもなるかなとも思って購入。
基本的に革物はナチュラルカラーの物で統一しているんだけど、タンクの上って事もあって今回は黒革&黒ステッチのタイプにしてみた。

もう一つはずっと欲しかったHD純正のラゲッジラック。
純正のシッシーバーに簡単に脱着できるスポーツタイプのラックで、国内の流通価格だと16,000円ほどするのでなかなか手が出せずにいたんだけど、たまたまぶらついていたオークションサイトでお値打ちなものを見つけてゲット。

これで本格的なキャンプミーティングに備えてアウトドア用品を積載できるようにいよいよ準備開始。

当然こんな小さな荷台ではとうてい積載量はしれているので、アウトドア用の収納ボックスを取り付ける予定。

もともと家族で良く出かけていたためキャンプ道具は一通り揃っているので、後は積載するための手段が課題だった。
ただテントだけは4人用が2張りあるんだけどちょっとバイクで持ち運ぶにはサイズが大きすぎるので1〜2人用のテントが欲しいところ。(これはまた購入するとひんしゅく買うんだろうなぁ...。)

どうせならボックスごと乗せ下ろし出来ると便利そうなので、簡単にキャリアに脱着できるように細工したい。
しばらくホームセンターに通ってあれこれ考えてみる予定。

2011年10月15日土曜日

やっぱりHD純正プラグ...。

本日HD純正プラグの"6R12"に交換。

ナット部の腐食が醜かった"6R12"を先月の富士山周遊ツーリングに出かける前にNGKの"DCPR7E"に交換したばかりだったが、10月に入って朝晩めっきり涼しくなってきた頃から昨年と同じ症状が再発。

昨年もやはり夏前に交換したCHAMPONの"RA8HC"が11月くらいからグダグダになって元のサビサビ"6R12"に戻した経緯(プラグが不調の根源だと気づくまでにかなりすったもんだした)があるんだけど、今回は定評のあるNGKのプラグだったので期待してたんだけど...。 結局ダメだった。orz

症状としては、
  • 20度をきる気温になると、エンリッチナー引かないとまともに始動しない。
  • しっかり暖機がしないと、まったく安定しない発火。
  • エンリッチナーを戻すとまったく吹け上がらない。
  • アクセルを急に開けるとクシャミ起こしてストールしそうになる。
といったところ。

数分で到着してしまうような通勤時間ではとうてい安定するほど暖まらず、結局エンリッチーなー引きっぱなしな状態で、あげくに黒煙吹くような状態に陥ってしまう日が何日かあった。

そんなわけで、念のために手配済みであった"6R12"に取り替えたという次第。
"DCPR7E"の状態はというと、エンリッチナー多用しすぎでプラグは真っ黒け。orz

交換後はさすが純正というべきか、問題なく本来の状態に戻ったんだけど、いまいち納得がいかない。
NGKのプラグスパークが性能悪いとは思えないので、熱価等の問題なんだろうけど、どうして"6R12"互換とうたわれる"DCPR7E"が純正と同じように機能しないのかまったくもって不思議。

プラグに合わせて燃調弄るのなんて本末転倒な気がするし、世間の皆さんはどうされてるんでしょうね?

2011年10月14日金曜日

iOS5の登場で悪戦苦闘

米国時間の10月12日にiOS5が配布開始され、それより先行して"iTunes 10.5"の配布と"iCloud.com"が正式運用に移っていた。

ケーブル接続同期のしがらみから解放されたくて、iOS5 + iTunes10.5の新機能"Wi-Fi同期"を試すべく13日早朝(日本時間)に1時間以上かけてiOS5にアップデートしたんだけど、丸一日悪戦苦闘して今だ"Wi-Fi同期"が実現できていない。
(ToT)

iOS5にアップデート後iTunes10.5にケーブル接続すると、「概要」の「オプション」に"Wi-Fi経由でこのiPhoneと同期"って項目が現れるらしいのだが、うちの10.5にはその表記は見られない。orz

※"Wi-Fi経由でこのiPhoneと同期"という項目は"このiPhoneの接続時にiTunesを開く"の下に表示されるはず。

iPhone側で「環境設定」→「一般」にある"iTunes Wi-Fi同期"の項目を確認してみるとMac側のiTunesが起動していれば同期可能なメッセージを表示しているんだけど、実際「今すぐ同期」のボタンはグレー表示でアクティブになっていない。


もう一つやっかいな問題があって、ワイヤレス同期の目玉である"iCloud"が現段階で導入できない事...。
(iTunesのWi-Fi同期はiColudのサービスとは別物なので上記の問題とは関係ないはずなんだけど)

メインの作業環境がPowerMac G5なため、OSが10.5以上に上げられない。
(仕事で使ってるCADソフトがx86ネイティブで動作しないためこの環境だけ更新できていないのだ)

10.6の環境であればまだロゼッタが動くのでソフトを動かす事は出来るんだけど、iCloudのシステム条件が10.7.2以上となっていて、何とも手が出せない。(なぜWindowsはVistaでもサービス利用できるのにMacはLionしかダメなんだ?)

それ以外にも全てのスケジュール&日報を"iCal"で管理しているため、mobileMeの同期機能が利用できなくなるとiPhoneや会社のiMac(10.6)とも同期がとれなくなって困った事になってしまう。

有料サービスであったmobilemeのサービスは2012年6月30日まで無償延長されているのだが、それまでに環境整備しないといよいよまずい事になりそうだ。

ちなみにiCloudにログインしようとすると、以下のようなダイアログが表示されてmobileMeアカウントをiCloudに移行するよう催促される。

Leopard(10.5)からはiCloudが利用できないって事は、アドレスブックやカレンダーをiCloudに移したら、もう同期とれなくなるって理解で良いんだよねぇ?

他にiCloudに移行後に廃止されるmobilemeのサービスで利用しているのが"iDisk"。
今となっては"DropBox"など、フリーで使い勝手の良いストレージサービスがあるので、最近ではめっきり使わなくなったんだけど、"iDisk"にも古いデータなどがまだいっぱい残ってる。ww
ここのデータも整理しておかないといけません。

ちなみにiCloudに移行してもiDiskなどのサービスには2012年6月30日まではアクセスできるとの事。
って事はmobileme経由でiCalの同期もとれたりするんだろうか?

2011年10月8日土曜日

楽しみな事、でもちょっと残念な事

明日からの三連休、妻や娘達が何ヶ月も前から計画していたTDRツアー。
なかなか子供の相手もしてあげられないので、たまにはお父さんらしい事もしてあげないとね。

ただ残念な事もあって、VIBESミーティング2011が明日から開催されるのに参加できない。orz
比較するもんじゃないんだけど、今年は"常滑"と比較的近くでの開催だったのでちょっと残念だった。
(地元のMCはお手伝いスタッフで参加らしく、同級生のHD乗り達はすでに慌ただしそうだった...)

まぁ、子供も小さいうちしか遊んでくれそうにないので、いっぱい思い出作りしてきますよ。

P.S
地元地域のイベントとも重なって、そっちも参加できない。毎年BBQ楽しみだったのにこれも残念。
(T_T)

2011年10月6日木曜日

IT界の永遠のヒッピー逝く

Appleの創始者の一人であるスティーブ・ジョブス氏が米国時間で5日の夕刻に永眠されたそうです。心よりご冥福をお祈りいたします。

1980年台後半にMacintoshに魅了され、初めてユーザーになった時既に彼はAppleから追放されてしまった後でしたが、最後にカムバックされて見事なカリスマぶりを見せてくれた事は長年ユーザーであって良かったと思います。
(自分がエンジニアであったため、どちらかと言えばウォズニアック氏のファンであった事は内緒です。w)

既成の価値観を否定し、常に新しい価値観を作り続けたのはまさに"Hippie"精神の延長であったような気がします。


ついでに有名な1984年のMacintoshデビュープレゼン動画もどうぞ。